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米国最高裁判決のご紹介:HELSINN HEALTHCARE S. A. v. TEVA PHARMACEUTICALS USA, INC., ET AL.
2019年02月21日
IPニュース
米国
HELSINN HEALTHCARE S. A. v. TEVA PHARMACEUTICALS USA, INC., ET AL.
判決日: 2019年1月22日


米国最高裁判決のご紹介:HELSINN HEALTHCARE S. A. v. TEVA PHARMACEUTICALS USA, INC., ET AL.
1.概要
HelsinnとMGIは、薬剤の販売に関する契約を締結したことをプレスリリースした。このプレスリリースでは、薬剤の用量については開示せず。また、MGIは、契約によりその薬剤の用量について秘匿義務を負っていた。Helsinnは、プレスリリースから約2年後に特許法改正前に出願をし、複数の継続出願を経て特許法改正後に出願し同薬剤の用量を規定した特許を取得。一方、Tevaは、同薬剤の製造販売をFDAに申請。Helsinnは、Tevaを特許侵害を理由に提訴。CAFCは「同特許は同契約で示された販売により無効」と判決し、最高裁はその判決を支持した。

2.本判決を理解するためにポイントとなるキーワード
旧特許法102(a)、改正特許法102(a)、on sale、Secret commercial sales(秘密販売、秘密使用)。

3.事件の背景
Helsinnは、パロノセトロンを有効成分とし、化学療法による嘔吐を治療する薬剤Aloxiを製造するスイスの製薬会社である。
Helsinnは、ミネソタ州の製薬会社であるMGI と、ライセンス契約および供給・購入契約を締結。このライセンス契約により、MGIは、米国で0.25mgおよび0.75mgの用量のパロノセトロンを販売、宣伝、販売する権利を取得。供給・購入契約は、MGIは独占的にHelsinnからパロノセトロン薬剤を購入し、HelsinnはMGIに同薬剤を供給することを規定した。さらに、これらの契約は、MGIに同契約で得た情報を機密にすることを要求した。
HelsinnとMGIは共同プレスリリースでこれらの契約の締結を発表。プレスリリースは、パロノセトロン薬剤の具体的な用量については開示せず。
同契約の締結から約2年後の2003年1月30日に、Helsinnはパロノセトロン0.75mg、0.25mgを開示する仮特許出願を出願。
Helsinnは、同仮出願から幾つかの出願を経て、2013年5月23日に継続出願を出願し、2013年12月3日に米国特許8598219号(219特許)を取得。219特許は、5mlの溶媒中に0.25mgのパロノセトロンの用量を規定。
Tevaは、2011年に、0.25mgのパロノセトロン薬剤を販売するためにFDA申請を提出。
Helsinnは、219特許侵害を理由にTevaを提訴。
Tevaは、「同特許の仮特許出願を出願した1年よりも前に0.25mgの用量はon saleであったため、219特許は無効」と主張。
219特許は、改正特許法(Leahy-Smith America Invents Act、通称AIA)が施行された後に出願された為、改正特許法に基づき特許性が判断される。
同法によれば、特許出願の有効出願日以前にon saleであった発明は特許として得ることはできない。
A person shall be entitled to a patent unless . . . the claimed invention was patented, described in a printed publication, or in public use, on sale, or otherwise available to the public before the effective filing date of the claimed invention.” 35 U. S. C. §102(a)(1)

地裁は、以下の通り、「特許は無効ではない」と判決。
・改正特許法によれば、販売または販売の申し出によってクレーム発明を公に利用可能にしない限り、発明はon saleではない。
・HelsinnとMGIとの契約のプレスリリースは0.25 mgの用量を開示せず。
・したがって、「共同プレスリリースは同特許を無効にするものでは無い」と判断。

CAFCは、以下の通り指摘し、地裁判決を覆した。
・販売の存在自身が公にされている場合、発明の詳細を公に開示する必要はない。
・HelsinnとMGIの間の販売が、プレスリリースにより一般に公開された。
・したがって、「特許は、この公開された販売、すなわちon saleに基づき無効」と判決。

4.争点
改正特許法下でのSecret commercial salesの扱い。秘密販売や秘密使用が先行技術となるか。
本事件では、プレスリリースにおいて、機密保持義務があるためパロノセトロン薬剤の用量を開示していない。このプレスリリースが219特許の先行技術となり得るか、が争点である。
旧特許法下では、このようなSecret commercial salesは先行技術として扱われた。米国特許商標庁(USPTO)は、改正法下では秘密販売や秘密使用は先行技術とはならないとの見解を示していた。
本事件のポイントは、販売 (on sale)の判断、即ちSecret commercial salesの扱いが改正特許法により変化したかどうかである。

5.最高裁判決
最高裁は、CAFCの判決を支持する。
旧特許法も、改正特許法もon saleを規定する。
旧特許法102(a), (b)条の規定は以下の通り。
A person shall be entitled to a patent unless—
(a) the invention was known or used by others in this country, or patented or described in a printed publication in this or a foreign country, before the in¬vention thereof by the applicant for patent, or
(b) the invention was patented or described in a printed publication in this or a foreign country or in public use or on sale in this country, more than one year prior to the date of the application for patent in the United States.” 35 U. S. C. §§102(a)–(b)

改正特許法には、この旧特許法の規定に、「or otherwise available to the public(または公衆に一般に利用可能な)」という文言が追加された。

最高裁は、Pfaff v. Wells Electronics (1998)において、on sale規定について以下の二つの要件が必要と判断。
(1) 製品は販売のための商業的提供の対象でなければならない。
(2) 発明は特許化の準備ができていなければならない。準備化とは、「当業者が本発明を実施することを可能にするのに十分具体的である」ことを必要とする。
更に、この判決は、「販売の詳細が開示されているかどうかにかかわらず、販売の申し出によって発明者が特許権を失う可能性がある」と指摘。また、Consolidated Fruit-Jar v. Wright (1877)は、発明の詳細が公衆に有用であったかではなく、発明が販売されたかに注目して特許性を判断。

CAFCは、「秘密の販売によって特許は無効になりうる」と判決してきた。
Special Devices v. OEA (2001) (invalidating patent claims based on “sales for the purpose of the commercial stockpiling of an invention” that “took place in secret”);
Woodland Trust v. Flowertree Nursery (1998) (Thus an in¬ventor’s own prior commercial use, albeit kept secret, may constitute a public use or sale under §102(b), barring him from obtaining a patent).


議会は、改正特許法に旧特許法と同じ文言を採用したのだから、同文言を従来の解釈通りに採用したと考えるべき。
Shapiro v. United States (1948) (In adopting the language used in the earlier act, Congress must be considered to have adopted also the construction given by this Court to such language, and made it a part of the enactment).
「または公衆に一般に利用可能な」という言葉を追加しただけでは、議会が”on sale”という用語の意味を変えることを意図していたと結論付けることはできない。

Helsinnは、改正特許法以前の「販売」の解釈を再検討するよう求めていない。また、 本特許でクレームされた発明が、旧特許法の範囲内での「販売」であるというCAFCの判断に異議を唱えていない。最高裁は、「改正特許法の制定時に議会が「販売」の意味を変更していない」、と判断し、「第三者への発明の販売は、たとえその第三者がその発明を機密にしておく義務を負っていたとしても、先行技術となる」と判断する。したがって、最高裁はCAFCの判決を支持する。

6.コメント 
最高裁判決によれば、改正特許法の「販売」は旧特許法の「販売」と同じ意味であり、改正特許法下での出願についても、秘密販売や秘密使用が先行技術となり得ます。
実務的には、ある自社製品の販売の存在自身は公になっているが発明の詳細が開示されていない場合、或いは、ある自社製品が既に販売されていたとしても、その販売からはその製品の詳細が公には不明な場合、「その製品の詳細は公に不明だから、特許出願・権利化したい」と、知財部員ならば一度は考えたことがあると思います。
本判決は、製品の販売の存在自身が公になったり、また製品が販売されてしまったら、たとえその製品の詳細が公には不明であったとしても、その製品が公衆に有用なものになるだけではなく、その製品の詳細も公衆に有用なものになるということを示しています。
ところで、改正特許法の102(b)条は、102(a)条の「例外」を規定します。以下は、その抜粋です。
(b) EXCEPTIONS. -
(1) DISCLOSURES MADE 1 YEAR OR LESS BEFORE THE EFFECTIVE FILING DATE OF THE CLAIMED INVENTION. -
A disclosure made 1 year or less before the effective filing date of a claimed invention shall not be prior art to the claimed invention under subsection (a)(1) if-
(A) the disclosure was made by the inventor or joint inventor or by another who obtained the subject matter disclosed directly or indirectly from the inventor or a joint inventor; or
(以下省略)
この規定によれば、有効出願日の一年以内の発明者、共同発明者、または彼らから直接または間接に開示された主題を得た第三者によってなされた開示は、その有効出願日を有する特許出願の従来文献にはなりません。
したがって、改正特許法102(a), (b)条によれば、ある製品の販売の存在自身を公にしたり、ある製品を販売した場合、たとえその製品の詳細が公には不明で第三者が把握し得ないものであっても、その製品の販売の存在自身を公にした日または販売日から1年以内に、その製品の詳細を規定する米国出願を行う必要があります。
一方、本判決に基づき特許の無効化を考えてみます。例えば、その特許は詳細として数値限定や製造方法をクレームで規定するものとします。先行技術文献を用いたその特許の無効化には、その先行技術文献がその特許の詳細を開示している必要があります。一方、販売の事実、販売した製品によってこの特許の無効化を試みる際には、販売の事実または販売製品が直接その詳細を開示するものでは無いとしても、特許の無効を主張することが可能と考えられます。したがって、特許を無効化するための有効な先行技術文献が発見できない場合には、競合他社のプレスリリースやホームページの情報を使って、無効化を検討するアプローチも考えられます。(文責:山屋)

8.本判決のリンク先
https://www.supremecourt.gov/opinions/18pdf/17-1229_2co3.pdf

以上